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度々記載した後輩の方とお付き合いをさせて頂く事になりました。人生で初めて告白というものをしました。自分は本当に面倒臭い性格なので、恋とは何か、愛とは何か、今彼女(her)と居る時の居心地の良さは友情なのか愛情なのか、相手はどうしたいのか、ずっと考え続けてしまっていたのですが、そもそもお付き合いをした事の無い私にとって分かるはずもなく、それに気づけた時点で正答は無いと分かったので、だったら「この人と一緒に色んな所に行きたい」「自分以外の異性と笑っている姿を見たくない」という自分のエゴに従ってしまおうと決意しました。後者は酷いエゴだと思います。それでも、もっと汚い他者のエゴで苦しむくらいなら自分のエゴで幸せにしてあげたいと思っていて、それが自分の愛情の形なのだと感じたのです。優しい故に自分のエゴを出せずブラックなアルバイトでさえ「私が辞めたら上司が困るから」という理由で続けてしまう彼女を見ていると、幸せになって欲しいと感じてしまうのです…とても恥ずかしいですが…

台湾祭という東京タワー下のお祭りで美味しいものを沢山食べたのですが、何一つ味を覚えて居ません。自分がどうしたいのか、相手は今何を考えているのか、そんな事ばかりに脳のリソースを使っていたからだと思います。救世主は台湾ビールだったかもしれません。酔って少し大脳新皮質が麻痺した時に、「今お前はこんなに幸せな状況に居るのに楽しめないのはお前にも彼女にも失礼だろう」と本能が語りかけてきたのです。本当にそんな気がした。そんな事を考えながら東京タワーに昇ったらライトで照らされたレインボーブリッジが虹に見えて、ああとても幸せだなぁと思えました。私が小学校低学年の頃に家族で東京に来た時、私は東京タワーに登りたかったのですが、混んでいて待ちたくないという理由で父親に六本木ヒルズの展望台に変えられた事があり、何となくそれがフラッシュバックして、運命とはこういう事なのかもしれないなぁと感じました。自分が自分として自由を勝ち得ている現状で、素直に、新鮮に幸福を感じられるのは彼女のお陰なのだと…

その時自分が何を言って、何と言われたかは野暮なので書きませんが、東京タワーで告白をし、相手も応えてくれたので、冒頭の文に至ります。

 

現時点で実感は正直全くなく、無さすぎて帰り際は不安になってしまいました。約22年間も恋人という概念を知らずに生きてきたので当たり前なのかもしれません。先程親友の数人に報告をして、今の心境を話して、何ならその中の1人と3時間位人生についての電話をして、ようやく今少しずつ実感が湧いてきた所です。電話をした友人はちょっと涙してくれて、自分も少し涙してしまいました。自分は本当に良い人達に恵まれたなぁと思います。自分に恋人が出来た、と言うだけで自分の葛藤、乗り越えた過去の事と未来の事、全てを察知した様なメッセージをくれるので…

 

慣れない事ばかりで大変ではありますが、間違いなく今の自分はこれまでの人生で1番幸せだと感じます。この幸せをずっと噛み締められるよう、相手にもそれを感じて貰えるよう、ゆっくりと答えを見つけていきたいなと思いました。